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2013年 8月 2日(金) 日記をつけよう。家計簿をつけよう。子供にはおこづかい帳をつけさせよう。

 サラリーマン時代は、手帳が不可欠だった。特に仕事上の予定は、忘れては大変なことになるから、常に記録し、毎日チェックしていた。今は重要な予定がないせいもあって、手帳に「書く」という機会が極端に少なくなった。
 ところで、この「書く」という行為は、昔から、いわゆる「読み、書き、そろばん」といって、学問上でも、大切なことの一つとされてきた。「書く」という機会が少なくなってきた今日になって、つくづく、この「書く」ということの重要さを感じている。ひらがなやカタカナは迷わず書けるにしても、漢字が書けなくなった。まさか、一生忘れることはなかろうと思っていた漢字でも、しばらく考えないと思い出せない。もちろん、年のせいということもあろうが、それよりも「書く」という機会が極端に少なくなったせいではないかと思う。
 はがきを「書く」ことは全くなくなった。年賀はがきはもちろんワープロだし、手紙はメールに取って代わった。日常必要な現金を銀行口座から引き出すのも、キャッシュカードで間に合う。「書く」といえば、書留郵便物の受け取りにサインしたりという程度のことで、これだってハンコで間に合っている。役所で何かの書類を取り寄せるために申込書に書くことぐらいだ。だから「書く」という機会があったとしても、書く文字は自宅の住所や自分の名前ぐらいだ。うっかりすると、自分の名前すら、すぐには書けない時がある。頭で覚えるのではなく、体(手先、指先)で覚えていたのであろう。
 硬筆書写技能検定試験で級も取得し、きれいな字を書かれますねと言われたこともある私だったが、今では、きれいどころか、並みのレベルの字も書けず、お世辞にも「きれいな字を書かれますね」とは決して言われることがないだろう。もし、そんなことを言われたら、嫌味で言っているとしか思えない。
 この「書く」ということに関連することだが、一家の家計を預かっておられる方は、ぜひ「家計簿」をつけていただきたい。私はサラリーマン時代に、用度係の仕事を担当していたことがある。用度係とは、仕事上必要とされる各種の機器備品などを調達する仕事なのだが、ボールペンや鉛筆など細かな事務用品なども含まれている。各部署から出てきた購入依頼をまとめて発注するのだが、大した金額ではないと思って発注したところが、後から請求書をみて驚かされるのである。鉛筆一本の値段は小さいものだが、まとめてみると意外な金額になっていることに気付かされる。逆に、各部署で節約の精神があったら、各部署ではほんの少しの節約だと思えることでも、まとめてみると大きな節約になるということでもある。
 家庭経済においてもいえることである。節電のためにこまめに消灯しましょうとか、アピールされている。そんな程度で節電効果などありえないと思うことがあるだろうが、これが全体としてまとめてみると、大きな節電になっているのである。たんに感じで判断するのではなく、意識して行動し、節電効果を毎月の使用量通知の数字で感じることである。意外に、効果があるものだと感じるだろう。
 一家の主婦なら家計簿をつけましょう。節電効果を数字で感じ取りましょう。ちょっとしたことが大きな効果に結びついていることに気づかされることでしょう。一円を馬鹿にしてはいけません。家計簿の効用は無駄使いの予防に良いのです。家計に余裕がない家庭こそ、家計簿をつけることです。電気、ガス、水道など、日常頻繁に使用するものは、ちょっとした心がけで、節約できるものです。節電対策でよく広報されているように、面倒と思わずに、こまめに電源を切ったりすると、意外と大きな節電効果が得られるのです。毎月の使用量の通知をチェックし、その通知の数値を家計簿をつけていれば、ただ感じだけでは分からなかったことが、きっと分かってくることでしょう。節電しているつもりでいても、意外と効果がない場合があったり、また逆に、意外に効果があるもんだと感じることもあるでしょう。すべては、家計簿をつけることで分かることです。一家の主婦の立場にある人は、心がけてほしいことです。
 子供にこづかい銭を与える時も、単に要求に応じて何気なく手渡していませんか。これでは教育効果がありません。経済観念も身につきません。「おこづかい帳」というものを持たせて、収支を自分で記入するよう、指導すべきです。もちろん、家計簿などつける必要もない裕福な家庭では、必要ないことだといわれるかも知れませんが、子供にとっては、経済観念を育てるという意味で、必要ではないかと思う。
 ダイエット法の一つとして、食べ物のカロリーをその都度、ノートに記入するという方法があります。毎日体重を量り、ノートに記録するのも良いでしょう。何の気なしに口にしている間食が、自分が思っているほど以上のカロリーがあることに気がつく。自分の健康状態、体の変化を、数値で管理することです。なんとなく食べていると、知らぬ間にカロリーオーバーになっているのものです。

2013年 8月 1日(木) 私の健康法、私の暑さ対策は「山歩き」だが・・・

 暑い日が続く。少しでも涼しいところと思い、山に向かう。近畿県内の低山では、夏の山歩きは不適とされてはいるが、金剛山など、涼しいところもある。
ところで、金剛山の登山回数が、最近40回に達した。50回になると山頂の掲示板に名前が掲載されるそうだから、これも一つの目標、励みにして登っている。
夏の低山での山歩きは不適とされてはいるが、これは、アプローチが大変ということであって、山中に入れば、緑のトンネルが暑さから守ってくれる。木陰に入れば、風が吹いている時など、涼しさどころか、寒さを感じることもあるほどだ。
 とはいえ、夏のことゆえ、熱中症には注意したいが、熱中症は充分な水分補給で乗り切れると思う。喉が渇いたなと感じたら、面倒がらずに、すぐ水分補給をすることだ。水分補給をすれば、体温がさっと下がっていくのを感じる。夏の山歩きでは私は、一日に3リットル以上の水を飲む。山によっては自動販売機など、途中で飲料水を調達することが困難な山もある。だからといって、最初から3リットル以上もの飲料水を担いでいくのは、ちょっとつらい。登山途中で飲料水が調達できる所(自動販売機など)があるかどうか、下調べをしておく必要がある。その意味で登る山が限られてくるのは残念だが、安全のためには仕方がないことである。
 汗をかいている限りは大丈夫。大量の汗をかくことだ。ズボンまで汗にぬれて、びしょびしょ状態で、不快な気分で帰途に着くこともある。それでも、自宅の風呂に入り、汗を流しているときは、私の至福の時だ。
 私は以前、夏になると食欲が衰え、水気のものしか喉を通さなかった。それが山歩きを始めた10年ほど前からは、夏であっても食欲が旺盛で、かえって困っている。いわゆる「生活習慣病」に注意しなければいけないということだ。食欲は健康のバロメーター。食欲があるということは健康な証拠と言われたりしたが、食欲があるからと言って、健康と限ったものではないのであるから。