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私の日記


2002年 8月18日  自分史(6)スポーツ=水泳・登山

1973( 昭和48)年 9月 穂高登山
1978( 昭和53)年 8月 富士登山
1978( 昭和53)年 8月 パンジョスイミングクラブ入会
1980( 昭和55)年12月 菊水スイミングスクール入会

2002年 8月18日  自分史(5)民間企業で働く

 1972(昭和47)年12月16日より民間会社で臨時職員として勤務しました。正職員の勤務時間は9時から18時までで、お昼の休憩時間が1時間ありますから、実労働時間は8時間です。労基法上、会社側に超過勤務手当を支払う義務がない限度一杯に実労働時間が設定されていました。臨時職員のそれは9時から17時です。時間給で、遅刻すると1分単位で減給されます。
 民間会社においてはお客様は神様です。お客様の奥さんは「オクサン」ではなく「オクサマ」と呼びます。お客様の子供は「御坊ちゃん(オボッチャン)」「御嬢さん(オジョウサン)」でもだめで、「御坊ちゃま(オボッチャマ)」「御嬢様(オジョウサマ)」と呼ばなければなりません。
 この民間企業での沢山の経験が今の私を支えているといえます。

2002年 8月18日  自分史(4)勤労学生のころ

 1972(昭和47)年4月1日 某大学法学部(第2部)聴講生(民法・商法・刑法)登録。このころは勉学の意欲に燃えていました。

2002年 8月18日  自分史(3)自動車運転免許取得

 1970(昭和45)年12月23日 普通自動車運転免許取得。取得当時はトヨペット・クラウン・デラックスやスズキ・フロンテを運転していましたが、今は完璧なペーパードライバーです。

2002年 8月18日  自分史(2)フラメンコギター

 1967(昭和42)年5月14日 黒島ギター・マンドリン音楽教室の第10回定期演奏会が尼崎市労働福祉会館で開催され出演しました。当時一緒に出演した人の中で、今では協会の理事として君臨されている方がいます。

2002年 8月18日  自分史(1)

 自分史。その素材になることを、少しずつでもこの日記帳に書き留めておきたいと思います。

(旧本籍:福井県坂井郡丸岡町)
「日本一短い××への手紙」で有名になった父親の里です。歩いて5分とかからないところに丸岡城(別名:霞ヶ城)があります。母親の里は同じ福井県の大野です。大野は地下水に恵まれ、御清水といって、昭和60年環境庁の名水百選に選ばれています。
 福井県には先祖代々の墓があります。

2002年 8月17日  趣味で童話や小説を書いています。

 書くことは私の健康法です。Yahoo!ジオシティーズの市民になったことを契機に、新しい素材を求めて「旅」に出ようと思います。「旅」の道中で出くわしたこと、その時の感慨などをこの日記帳に自由に書き込んでいこうと考えています。

2002年 8月17日  古武士のように

 最近書いた私の随筆です。

古武士のように


 しばらく留守にするからといって、犬の世話を頼まれた。柴犬である。とてもスリムである。その立ち姿は、凛としていて、古武士を思わせる。
 これから散歩に出掛ける。私の姿を認めると、力任せに飛び付いてくる。そばにあった毛布を口にくわえて振り回す。うれしいのである。喜びを全身で素直に表してくれる。
 残念なことに、この犬は善人と悪人との区別ができない。誰にでもなついている。だから番犬としての価値はまったくない。
 そもそも人間を善人と悪人とに区別しようとする人間の方に問題があるのであろう。人間は本来、みな善人である。悪人なんていやしない。人間は、社会にほうり込まれることによって悪人となる。悪人とならざるをえないのである。他人を疑ったり、不信な目でみたり、これは現代に生きる社会人の悪癖である。
 ぐいぐい綱を引っ張る。ただひたすら前へ前へと突き進む。小柄な体に秘めた、その意外な力の強さに驚かされる。散歩はこの犬にとっては数少ない楽しみの一つである。その喜びが、綱を握る私の手に、腕に、びんびん伝わってくる。この犬は今、生きている。たくましく生きている。この世に生を受けたからには、いかなる困難に遭遇しようとも、生きて、生きて、生き抜かなければならないという義務感と、生きるための新鮮な意欲を呼び起こしてくれる。
 散歩から帰ると餌をやる。食べることは罪なことである。この犬は今、食べている。生きるために食べている。ただ無心に、食べている。これほどまでに真摯に、一途に、けなげに、静かに食べている姿を眺めていると、決して食べることは罪なことではないと思えてくる。
 犬の立ち居振舞いを冷静な目で眺めていると、人間が生み出したどんな高邁な思想も、みな傲慢で、人間の得手勝手な屁理屈で、「人間社会は進歩しなければならない」ということが迷信ではないかという気がしてくる。
 柴犬は日本犬である。日本犬は古武士のような風貌、品格を備えているという。この犬は、喜びを全身で素直に表現する。自分を飾ろうとしない。自然な行為として食べている。その行動には他意がない。自然体で生きている。
 何事も原点に立ち返って考えるとき、見えなかったものが見えてくるという。自然のままに生きることは大変大切なことである。現代の人間社会において、そうすることがいかに困難なことであるかはよく分かっているが、この犬のように、古武士のような品格をもって、質朴に生きていきたいものである。

2002年 8月17日  Yahoo!ジオシティーズへの登録完了

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