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私の日記


2002年 9月12日  お化粧直し

 つい二、三日前の、仕事帰りの車内での出来事です。一人の若い女性が乗車してきて、私の座っているすぐ前の席に座りました。車内は空いていて、よりによって私の席の真正面に座らなければならない必然性はなかったと思われるのですが。
 それはそれは、美しい女性でした。しばらくはじっと座っていましたが、やがてそわそわとしだし、ハンドバックの中をまさぐりはじめ、何かを取り出しました。それは手鏡を始めとするお化粧道具でした。早速お化粧直しが始まったのです。
 車内は空いていたとはいえ、同一車内には、私以外にも、ちらほら四、五人の乗客がありました。彼女は、私はもちろんのこと、他の乗客の目を気にするということもなく、お化粧直しに夢中でした。若い彼女から見れば、私はただの「おっちゃん」であろうけれど、私の目の前で、これほどまでに無防備に裏舞台を見せ付けられて、私は興ざめしました。そのような無頓着さがかわいく見えなくもないのですが、身繕いは隠れてするものであると「おっちゃん」の私はそう思うのです。
 このような光景は、最近珍しくもないことですが、私の理想とする美しい女性に、久しぶりに出くわした胸のたかまりも、急速にさめていったことは、いうまでもありません。美しい女性であったがために「お前もか」と、残念でしかたがありませんでした。


2002年 9月11日  『悪魔の辞典』『ラ・ロシュフコー箴言集』

 人間の真実を追求したい方におすすめする二冊の本。

『悪魔の辞典』A.ビアス著
 芥川龍之介の愛読書であり、彼の作品に大きな影響を与えました。現代文明と人間性を、鋭い風刺と痛烈な皮肉で描いたものです。
●陰口をきく・・・相手から見られる可能性のないとき、そいつについて見たままを話す。
●花嫁・・・幸せになりうるすばらしい前途への期待をあとに残してきた女性。
●慰め・・・自分より能力のあるものが、実は自分よりももっと不幸だと理解すること。
●会社・・・個人的責任を負わずに個人的利益を獲得できるようにするための巧妙な仕掛け。
●批評家・・・誰も自分のご機嫌をとりむすぼうとしないので、われこそおだてにのらぬ男よと自惚れている奴。
●好奇心・・・女の心につきもののおぞましい性質。
●臆病もの・・・危急のさいに脚でものを考える人。
●気楽・・・隣人の不安がる様子をじっくり眺めることから醸し出される精神状態。
●誕生・・・あらゆる災難の中で最初でしかももっともものすごいもの。
●謝罪する・・・いずれ無礼を働く日にそなえて下地をつくる。

『ラ・ロシュフコー箴言集』
 フランスのモラリスト文学の最高傑作。
●われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない。
●われわれは皆、他人の不幸には充分耐えられるだけの強さを持っている。
●恋はその作用の大部分から判断すると、友情よりも憎悪に似ている。
●人びとが友情と名付けたものは、単なる付き合い、利益の折り合い、親切のやりとりに過ぎない。所詮それは、自己愛が常に何か得をしようと目論んでいる取引きでしかないのである。

  ほんのわずかばかり抜粋してみましたが、おいおいご紹介していきたいと思います。

2002年 9月11日  一日の労は一日にして足れり。

 聖書は永遠のベストセラーであり、人生訓の宝庫です。若い頃には気にもせず、打ち捨てていた諺も、その意味を身にしみて感じる年齢になりました。
 人生は楽しいことばかりではありません。明日のことを考えると気が滅入ります。二年後、三年後のことまで考えると尚更です。先々のことを思いすぎると、不安に襲われ、神経症になります。今日は今日一日だけのことを考え、明日のことは明日になってから考えよう。一日の労は一日にして足れりです。

「千里の行(こう)も足下(そっか)に始まる」とは老子のことばです。遠い旅路も一歩進むことから始まるように、遠大な仕事も手近な物事から始まるということです。ローマは一日にして成らずともいいます。焦ることはありません。一日の終わりには、今日一日が充実した一日であったかどうかの反省だけに留め、明日のことは明日になってから考えよう。

2002年 9月11日  人は理想を失ったとき初めて老いる。

「青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方をいう。年を重ねるだけでは人は老いない。理想を失って初めて老いる。」
  ドイツ詩人サムエル・ウルマン(1840−1924)の作詩『青春』より

2002年 9月11日  人に感動を与える文章とは

 東京オリンピックのマラソンで3位に入賞した円谷幸吉は、1968年1月、二通の遺書を残して自殺しました。その内の一通をご紹介します。

「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました。干し柿、モチも美味しゅうございました。敏雄兄、姉上様、おすし美味しゅうございました。克美兄、姉上様、ブドウ酒とリンゴ美味しゅうございました。巌兄、姉上様、しそめし、南蛮漬け美味しゅうございました。喜久造兄、姉上様、ブドウ液、養命酒美味しゅうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。幸造兄、姉上様、往復車に便乗させて戴き有難うございました。モンゴいか美味しゅうございました。正男兄、姉上様、お気を煩わして大変申しわけありませんでした。幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、立派な人になって下さい。父上様、母上様、幸吉はもうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい。気が安まることもなく御苦労、御心配をお掛け致し申しわけありません。幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました。」

 次は野口英世の母・シカがアメリカにいる英世に宛てた有名な手紙です。無学で字の書けないシカが、練習に練習を重ねた末に書いた、極めてたどたどしい字です。

「おまイの。しせにわ。みなたまけました。わたくしもよろこんでをりまする。なかたのかんのんさまに。さまに。ねんよこもりをいたしました。べん京なぼでもきりかない。いボしほわこまりをりますか。おまいか。きたならば。もしわけかてきましよ。はるになるト。みなほかいドに。いてしまいます。わたしも。こころぼそくありまする。ドかはやく。きてくだされ。かねを。もろたこトたれにも きかせません。それをきかせるト。みなのれてしまいます。はやくきてくたされ。はやくきてくたされ。はやくきてくたされ。はやくきてくたされ。いしよのたのみて。ありまする。にしさむいてわ。おかみ。ひかしさむいてわおかみ。しております。きたさむいてわおかみおります。みなみたむいてはおかんておりまする。」

 円谷幸吉の遺書や野口英世の母の手紙は、ともに決して「名文」といわれるものではありませんが、読むものに深い感動を与えます。どうしてでしょうか。文章を書く上で、色々と参考になるものを含んでいます。

2002年 9月 9日  益虫と害虫・善人と悪人

 「益虫」とは、人間の生活に直接・間接に益をもたらす昆虫のことをいいます。カイコ・ミツバチは人間の生活に必要な物を生産する。トンボ・カマキリは害虫を捕食する。チョウは受粉の助けをする。ゆえに「益虫」といわれます。一方、「害虫」とは、人間の生活に直接・間接に害をもたらす昆虫のことをいいます。アブは家畜を襲う。ウンカ・アブラムシ・ハムシは農作物や果樹を食害する。イガ・シミは食物や衣類を食害する。シロアリは木材を食害する。ゆえにこれらは「害虫」とされます。
 人間にとって都合のいいにおいは「匂い」と書き、人間にとって都合の悪いにおいは「臭い」と書きます。人間にとって都合がよければ「醗酵」といい、人間にとって都合が悪ければ「腐敗」という。
 これらの区別は「人間にとって」益となるか害となるか、「人間にとって」都合がいいことか悪いことかで判断されます。
 それでは、人間社会における善人と悪人との区別は、どのようになされるのでしょうか。上記の「人間にとって」の部分を「自分にとって」に置き換えればいいだけです。つまり、「善人」とは「自分にとって」益になる、「自分にとって」都合のいい人間のことをいい、「悪人」とは「自分にとって」害になる、「自分にとって」都合の悪い人間のことをいいます。

2002年 9月 8日  私の好きな短編小説

芥川龍之介
『蜜柑』『蜘蛛の糸』『地獄変』『トロッコ』『舞踏会』『奉教人の死』

伊藤左千夫
『野菊の墓』

太宰治
『走れメロス』『駈込み訴え』『女生徒』『待つ』

 以上の作品は
青空文庫で自由に読むことができます。

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