|
自分史(12)囲碁初段
私の父は公務員をしていました。私自身も公務員として勤めていた頃があります。公務員のお昼休みは、囲碁が盛んです。私は父から教わり、小学生の頃から知っていました。初めてパソコンを買った時、囲碁ソフトも買いました。段級認定試験が付いていて、「次の一手」を次々と解答していく問題でした。考慮時間は無制限で、かろうじて初段に合格することができました。合格したとはいえ、実際に免状を得るためには?万円の支出をしました。免状は約、横20センチ、縦30センチ、厚さ3センチほどの桐の箱の中に入っています。ふたの表には「免状」とあり、裏には財団法人関西棋院の印が押されてあります。免状そのものは立派な和紙に漢文で書かれていて、昭和63年11月1日の日付が記載されています。「初段」と自慢できるほどの技量は全くないのですが、これも自分史の一つとして記録に留めておきたいと思います。
2003年1月14日(火)
|
|
創作メモ
童話■何を書きたいのか■何がいいたいのですか■子どもまた人間であること■人間をお書きなさい!■何かを切り開いていくという姿勢■おもしろさはハプニングをつくることから■主人公と対立するものの出現■童話は、明るく、清く、美しい世界を描くが・・・それだけでは、とうてい子どもの生活や心情を描ききれるものではありません■はじまったお話は終わらねばならない■ユーモアは危険な橋渡し■敵や障害をあらかじめ予測し、構想していく
寺村輝夫『童話創作入門ノート』より
2003年1月13日(月)
|
|
童話『競走なんて大嫌い!』をUPしました。
短編小説『恐怖の各駅停車』の挿話を、童話『競走なんて大嫌い!』としてUPしました。
2003年1月12日(日)
|
|
やっこちゃん(小野靖子さん)の童話サイトにリンクしていただきました。
本日、私のホームページ(Geo Cities版)を、やっこちゃん(小野靖子さん)の童話サイト「よっていかれぇ」にリンクしていただきました。小野靖子さんは2002年第18回ニッサン童話と絵本のグランプリ・童話の部で大賞をとられた方です。
2003年1月11日(土)
|
|
短編小説『御殿毬』をUPしました。
ものの見方、考え方における世代間の断絶は、社会が進歩する過程において必然のことと思われます。物が不足の時代に育った人には捨てようとしても捨てられない倹約の精神があります。物質主義が横行する時代にあっても、金では買えないものに価値や心の安らぎをえる人がいます。今はこういう時代だからと言って、自分の好みを押し付けていないでしょうか。大量生産、大量消費の時代にあって、金では買えない手作りの美しさを忘れていないでしょうか。古いものは捨てるべきで、新しいものが清く正しいと限ったものではありません。
2003年1月6日(月)
|
|
短編小説『羽ばたけ蝶々』をUPしました。
短編小説『羽ばたけ蝶々』をUPしました。
2003年1月5日(日)
|
|
いたずら電話の犯人は、意外な人でした。
2003年10月19日 削除
2003年1月3日(金)
|
|
拙著『童話・短編小説選集』のご紹介(その3)
●短編小説『乙女の溜息』・・・『帰りの電車の中での、人間どものくだらないおしゃべり。耳をつんざくばかりの、くだらないおしゃべり。そんなくだらないおしゃべりに、生き甲斐、喜びを感じている人だっているんですね。ああ人間って、くだらない。「人間はいかに生きるべきか」「生きるとはどういうことか」「生きる目的とは何か」ああ、そんなことを考え悩んでいる私は、何とくだらない人間なんでしょうね。』『そもそも人間である以上、完全無欠の人間っていやしないのだから、自分を卑下することもない。肩肘張ってみたところで、人間はちっぽけな存在。それに早く気付けば、気が楽になるというもの。本当に正しいことって、この世になんて、ありはしないのだから。この世で真実や正義を求めようなんて決して思わないこと』
*人生は楽しいことばかりではありません。時には八方ふさがりの欝状態に陥ることもあります。そんな時の自分の心情を、若い女性に託して書きました。一つの文章としては、読点が多用され、長すぎるところがありますが、これは意識的にしたことで、一つの文体として、私なりに試みたものです。
●短編小説『流しの下を覗いてごらん』・・・『力のあるものがこの世を制するのか。それは、あなた方の社会でいう暴力というものではないのか。利己主義とかいうものではないのか。力のないものを助け、慈しむというのが、あなた方のいう愛というものではなかったのか。あなた方は、自由、平等、博愛など、背筋が寒くなるような言葉を信奉し、真理はあなた方を自由にする、などと訳の分からないことを口走っているが、私たちの存在を無視して、そんな美辞麗句を並べ立ててみたところで、何の意味があるというのだ。それはせいぜい、あなた方にとってのみ都合のいい理屈を生み出すための方便でしかない。あなた方の言う美徳は、偽装した悪徳にすぎないのだ。』
*キリスト教を信奉している方から、お叱りを受ける表現がありますが、人間という生き物の本質を追求するために、深刻に考えながら書いたものです。擬人法で書いてみましたが、この作品をユーモア小説ととらえる方がいるのですが、著者の意図ではありません。一部、太宰治の文体をまねたところがあります。「あなた方の言う美徳は、偽装した悪徳にすぎないのだ」は、フランスのモラリスト文学の最高傑作といわれる『ラ・ロシュフコー箴言集』からとったものです。
●短編小説『恐怖の各駅停車』・・・『そもそも道徳なんて、基準がなく、いい加減なものだ。昔なら不道徳きわまりないこととされていたことが、今では美徳と褒めそやされるのだからたまったものではない。いつの時代も、気の弱い人間だけが、忠実に、ちまちまと守っている。それが道徳というものだ。』『道徳に反するなどと、綺麗事を言ってみたところで、そもそも人間は、下品で野蛮な生き物だ。嘘を吐くことから始まって、陰に回れば、どんな醜悪なことでも出来るのだ。何が善であるかを知っていながら、善を行なうことが出来ない。それが人間というものだ。』
*電車の扉に背広の裾を挟まれたという私の実体験に、その短い時間内での心理状態を、間に童話を挿入しながら、描写してみたものです。
2003年1月2日(木)
|
|
拙著『童話・短編小説選集』のご紹介(その2)
「童話」に続いて、今日は私の拙い「短編小説」について、ご紹介させていただきます。
●短編小説『少女のような君だから』・・・『大人になるって、僕には汚いことにしか思われない。だから僕は、子供のような夕子を見てると、仕事の悩みや煩わしい人間関係のすべてを忘れた。』『僕は、うまいうまいと言って、むさぼり食っている人間どもの、あの口の動きを見ていると、人間のあさましさ、人間の底知れない欲の深さを知らされる。人間の口から出るいかなる美辞麗句も、容易に信用できないって気がしてくる。』『僕は夕子を見てると、人間の本来あるべき姿じゃないかって思うんだ。君は大人にならなくったっていい。今のままの君でいい。僕は恐れている。夕子が大人になり、社会人になるということを。夕子がそうなったとき、それは僕と夕子の別れのときだ。』『「・・・私はあなたが好き」「好き?」「そうよ」「好きって言ったって、色々あるからな」僕は夕子の言葉をもてあそんだ。「僕を男として好きっていうことじゃないんだ。僕のほうだって、君はあくまでも僕の妹だ。僕の可愛い妹だ。目に入れても痛くないほど可愛い妹だ」僕はふてくされ、飲めないビールを注文した。「お願いだから、真面目に答えて」「だから僕は君が好きだって、いつも言ってるじゃないか」「あなたは私の気持ちなど、少しもわかっていてくださらないのね」「君の気持ちはわかっているさ」「それならはっきり答えて」「だから言ってるじゃないか。君が好きだって」「・・・私はあなたが好き。・・・お兄さんとしてでなく・・・」「僕だって君が好きさ。妹としてね」「妹じゃない! 私はあなたの妹じゃない!」夕子は、叫んだ。「・・・私はあなたが好き。ずーっと前から、私はあなたが好きだった。あなたは私のお兄さんじゃない。ずーっとずーっと前から、あなたは私の恋人だった!」』
*この小説は全くのフィクションです。自分の感情を入れながら、「青春小説」らしきものが書けたような気がします。著者としては満足度百パーセントの作品です。
●短編小説『ちょっぴり悲しい僕の青春』・・・『真夏でも、頂上までの道は涼しかった。「一郎君も体力つけとかなくっちゃ。一郎君の胸ってペッタンコなんだから」僕は由香里の後ろについて登る。由香里の白衣の裾がなびいて、僕の顔をくすぐった。頂上では、由香里がハーハーと息をはずませながら、石に腰かけ待っていた。僕はやっとの思いで、最後の一歩を勢いよく駆け登った。「ああ、いい気持ち」由香里は何度も深呼吸した。そのたびに、白衣に包まれた由香里の胸の膨らみが揺らいで、僕の目はまぶしかった。由香里の黒髪が汗に濡れて、その一筋が由香里の白い額にへばりついていた。しばらく休んでいると、日がかげり、さわやかな風が吹いてきた。「さあ、下りるぞ。今度は一郎君が先だ! 」由香里が僕の肩を叩く。僕は元気な子リスのように、坂を駆け下りた。「急な坂だから、下りるときのほうが危ないから気をつけて! 」澄んだ由香里の声が、林の中でこだました。「そんなに走ったら体に悪いわ! 」由香里のそんな言葉を背に受けて、僕はうれしかった。由香里は僕の体のことをいたわってくれているんだ。そう思うとますます、由香里は僕の由香里なんだと、自分勝手に思ってしまう。』
*私は中学三年生の頃、胸を患い、一年近く療養生活を送ったことがあります。この作品はその時の事実に基づいて書いたものです。
●短編小説『老婆』・・・『私は気がついた。母が元気なときは、自分たちの子供のお守りをさせ、母が病気で寝込むと、その母の面倒を咲子に押しつけ、自分の快楽だけを追い求めている自分に気がついた。今こそ、私が母をおぶう番ではないのか。私は、乱れ飛び散る玉の流れの中に、老いゆく母の姿を見た。私は、居たたまれなくなって店を出た。』
*私は一時パチンコに凝ったことがあります。パチンコは、今こうしてパソコンで日記を書いている時と同じように、世間の煩わしいことを忘れさせてくれ、自分だけの世界に浸れるからです。パチンコに関わる部分は事実に基づくものですが、他はフィクションです。この作品は私の所属していた同人誌で、応募総数三百六十篇の中から最優秀賞に選ばれました。
●短編小説『いつか花咲く蕾のように』・・・『お母さん、許して。圭子は荒れ狂う日本海に浮かぶ小さな蕾となります。さよなら、お母さーん!』
*私は大学卒業後、すぐに公務員として就職したのですが、仕事も三年目に入った頃、人間関係と仕事のつまらなさから、辞職を決意しました。人間関係からといっても、当時の私は世間知らずでしたから、どこに行っても人間関係の煩わしはあるということをよく知りませんでした。ただ当時は私も若かったので、大きな希望を抱いていました。その希望がかなえられない結果に終わっても、勉強さえすれば、もう一度試験に挑戦し、合格して返り咲けばいいという風に、安易に考えていました。当時は自信がありました。それだけ気力もあったということです。親には大変心配を掛けたと、反省しています。辞職後は自宅で勉強したり、各種学校に通ったりしておりましたが、元来頭が悪いのでしょう。勉強の方は一向にはかどらず、悶々とした生活を送っていました。これではいけないと、毎日新聞記事を見ながら、適当な再就職先をさがしていました。この時ほど働いているサラリーマンがうらやましく見えたことはありません。定職についていない惨めさ、不安な気持ちを実際に体験しました。取りあえずはどこでもいい。これも人生経験の一つだと思って、自分には向かない仕事だと思ってはいましたが、ある私企業で臨時職員として働きに出ることにしました。後になって、その時の職場のことを書いたのがこの小説です。民間私企業は大変です。公務員と違って、目に見える形で成績を上げないと、生きていけません。即ボーナスにも影響してくるのです。この時の体験が、私の人生に大きな影響を与えています。この作品は、私が所属していた同人誌で、短編小説部門新人賞を受けたのですが、後半部分はともかく、前半部分が余りにも拙く、著者としては書き換えたい不満の残る作品です。
●短編小説『大人への離陸』・・・『ああ、俺は幼稚だ。幼稚で満足しているよ。それどころか、幼稚であることに誇りすら感じている。さっきも言っただろう。子供の世界に戻りたいと。子供は人を疑ったり、だましたりしないもんだ。そうは言っても、このごろの子供は賢くなりすぎて、信用がおけないがね。そんな子供はもはや子供じゃない。その心は、知恵を持った意地汚い大人と同じだ。』
*私が実際体験したことに、フィクションをまじえて書きました。
●短編小説『いかさまカルテット』
*私の小説は深刻で暗いと思いますが、楽しく笑える「ユーモア小説」なるものを戯れに作ってみたものです。
2003年1月1日(水)
|
|
拙著『童話・短編小説選集』のご紹介
ある不幸なきっかけがあって書き始めた童話と短編小説ですが、年頭にあたり、自分自身の心の整理をかねて、その一部をご紹介させていただきます。
●童話『コスモスの花』・・・『・・・ミヨちゃんは道端に腰を下ろすと、コスモスの花が風にゆらりゆらりと揺れているのを、いつまでもながめていました。』
*私が所属していた全国文芸同人誌で、新人賞をいただいた作品です。
●童話『お母さん』・・・『「ユリちゃんはね、ユリちゃんは、・・・お母さんさえ、早く帰って来てくれれば、それでいいの!」そう言うとユリちゃんは、いきなりお母さんのひざにしがみついたのです。お母さんはびっくりして、ユリちゃんを抱き寄せ、ユリちゃんの顔を見下ろしました。ユリちゃんの目からは、大きな涙がこぼれて落ちました。』
*この最後の部分は、ある友人から聞いた話です。これがヒントになって、こんなお話に仕上がりました。
●童話『散髪』・・・『(けれど、お父さん。ぼくも少しはお父さんの気持ちも考えて、今日一日は辛抱するけど。今日がほんとうの最後だよ。お父さん! 早く散髪以外に趣味を見つけてください)』
*子供の頃の実際にあったことから、その時の自分と父の心境を振り返りながら書きました。
●童話『りんごの丸かじり』・・・『ゴン太くんが今、目の前で「うめえ、うめえ」と言って、ほおばっているりんご。それはケンくんのお母さんが、ゴン太くんのお母さんからいただいたりんごだったのです。』
*子供の頃は、りんごの丸かじりをしたくても、させてもらえない環境で育ちましたが、それでも、母の愛に感謝の気持ちを込めて書きました。
●童話『百獣の王』・・・『老いさらばえたこのわしでも、精神一到、事に当たれば、おまえのような巨体でも、食い殺すぐらいの力を秘めていたことを、おまえは知らず、おまえはわしを侮り、さげすんだ。わしの腹の中は煮えたぎり、わしは、自分の命をかけて、おまえを食い殺そうと決意したのだ。』
*『今昔物語』にヒントを得て書いたものですが、全く別物に仕上げたつもりです。
自己紹介のページへ
| | | | | | | | | |