いかさまカルテット

  敬老の日。私たちは、とある喫茶店に集まった。メンバーの名は、飯田二郎、加藤秀治、佐伯信次、松本太郎。私たちの頭字をとって、いかさまカルテットという。年齢はみな中年ということにしておこう。カルテットとは、ご存じのとおり四重奏団のこと。その口うるさいことは天下一品。私は佐伯信次。その口うるさい連中の中にあって、異彩を放っている。どんな異彩かって? それはおいおい分かってくることだから、今は何も言わないことにする。
 約束の時刻は午後一時。いかさまと名を冠していても、約束の時刻に遅れるものはいない。喫茶店を出たいかさまカルテットは、さっそうと、散髪屋へ邁進する。四人そろって散髪をしに行くわけじゃない。散髪屋のおやじがマージャン屋を経営していて、いかさまカルテットはマージャンをしようと集まったのだ。私は先頭に立って、散髪屋の扉を押す。
「マスター、今日も貸切でお願いだぜ」
  ここのおやじは、どう見てもマスターっていう風貌ではない。五十過ぎの、腹の出っ張った小汚い男である。「床屋のおやじ」といった方があたっている。それでもそこはそこ、人情ってものがある。マスターと言えばおやじの機嫌がよい。所場代が少しは安くなるのだ。ここのおやじは散髪が本業で、マージャンは副業である。散髪で食っていると言っていい。だから、隣のマージャン卓の置かれている部屋は、おやじとよく似て小汚い。壁に貼られたヤクや得点表の紙も陽に焼け、片端も破れて、だらしなく垂れ下がっている。いかさまカルテットが、ここで他の客に出くわしたことは一度もない。今日も、いかさまカルテットが最初の客らしく、おやじがあわてて窓を開け、部屋の空気を入れ替えている。
「今日は少し蒸し暑いですな。クーラーでもかけますか、と言いたいところなんですが、あいにく故障しちまって、夏も終わりだし、修理をしないままほったらかしてましてな。すまねえ、すまねえ」
  そう言いながら、どこからか扇風機を出してきた。ブオン、ブオン、カラコロ、カラコロと変な音を出している。
「マスター。この扇風機少し変だぜ。大丈夫かよ」
「まあ十年は使っているから、大丈夫さ。そんな音がしだしてからも三年にはなるからな。急に悪くはならないだろう」
  おやじは意に介しない。私は泡を食って、ずっこけそうになるのである。おやじは、給茶機からコップに茶を四人分くんできた。
「お客さんじゃないのか」
  私は、散髪のお客さんが来たようなので、気になり聞いてみた。
「今日みたいに旗日とか日曜日には、お昼からぼちぼちと来てくれるんだ」
「待たせたら悪いんじゃないのか」
  客も心得たものばかり。待たされても怒るものはいない。これが都会のど真ん中だったら、どうなることやら。一歩郊外に出ると、こんなのんびりとした風情もまだ残っているのである。
「なんか用事があったら、ここのボタンを押してくれますかのー。すぐに来ますけん・・・」
  おやじは慌てるということもなく、隣に消えていった。
  いかさまカルテットのメンバーはいつも決まっている。他の人間が仲間に立ち入る隙間はない。いかさまカルテットはプロのマージャン士かって? いやいや、そうじゃない。そのこともおいおい分かってくることだから、何も言わないことにする。

  最初に、座位を決める。サイコロで決めるか、つかみ取りにするか。
「どっちゃでもいいんじゃないの」
  と加藤。
「サイコロにするか」
  と私が言うと、
「サイコロ、コロコロー」
  と言って、飯田がサイコロを投げる。ガラガラと牌をかきまぜる。四人いるから八本の腕。指の数でいえば、なんと都合四十本の指が入り乱れ、かき回しているということになる。それが終わると、牌を伏せたまま、自分の前に十七枚ずつひいてきて、横に二列に並べ、これを二段に積み上げるのである。二段に積み上げるには、かなりの熟練を要する。早速、飯田の持ち上げた棒状の牌が、中央から崩れて落ちた。
「そらー火事場だ、火事場だ、消防車を呼べー!」
  みんなが一斉に子供のようにふざけて、はやす。まずは、こんな調子。もうおおよその見当はついたことと思う。
「君は火事場作りの名人だね。最初からいっぺんにしようなんて思うからいけないんだ。半分ずつすればいい。そのうち慣れてくるさ」
  と、いかさまカルテットの中では一番上手とその名をひびかせている松本。そういう尻から松本のところも火事場だ。
「君たち三人どもが、先生の手本を見ようなんて注視するから、俺も六つの目ん玉にみつめられて、緊張したまでさ」
  松本が弁解する。
「配牌は右回りで取っていくんだったかなー」
「君がそんな頼りないことじゃだめじゃないか。君がこの中では先生なんだからな」
  松本より年上だが、この中では最もマージャンのへたな私がたしなめる。
「すまん、すまん。なにせ、半年ぶりだからな」
  松本が頭をかいている。
「左回りじゃねえのか」
  と私も頼りないことを言う。
「どっちゃでもいいんじゃないの」
  と加藤。
「そんないい加減なことを言っちゃだめじゃないか」
  きまじめな飯田が怒る。
「どうせ、おいら以外だれも相手になんかしてやくれない。おいらはおいらだけのきまりでやればいいんだ」
  加藤は少しやけになって言った。しばらく配牌が進んでから、
「やっぱりおかしいぜ。逆のような気がする」
  きまじめな飯田が不機嫌そうに言う。みんなも、やっと思い出して、
「逆だ、逆だ!」
「逆でも変わりはないと思うがね」
  いいかげんな加藤がつぶやく。ガラガラと牌を崩して、最初からやり直しだ。不満げな加藤に向かって松本が、
「君の柔軟な発想はすばらしい。もう少し若ければ、大発明でもしてたんじゃないのか。今ごろは左団扇で・・・」
  と言ってひやかし、なだめる。

  マージャンが軌道に乗り出すと、加藤の歌が飛び出した。
「ふーけーば、とぶよーな、マージャンパイにー、とくらあ」
  松本が加藤の歌を続ける。
「かーけーたー、いのちーを、わらわばわらえー、と」
  マージャンの客といえば、いかさまカルテットだけ。気遣いなくはしゃげるのだ。
  そろそろ、みんなの口も入り乱れてきて、私も手に負えないので、ト書は省略させていただくことをお許し願いたい。だれが話しているのかは、読者の想像におまかせする。念のため、マージャンは曲がりなりにも進行していることを申し述べておく。
「サンシャンテン、リャンシャンテン、やってきましたイーシャンテン」
「なに、イーシャンテン? いいか飯田。先輩の顔を立てるんだぞ」
「先輩、先輩と言わないこと。たった一年だけの先輩じゃないか」
「一年だけでも先輩は先輩だからな。なあ、佐伯」
「松本さまのおっしゃることは、ごもっともでござりまするわいな」
「勝負の世界に人情は禁物。先輩は、いつまでも人情に頼っているから、強くなれないんです。先輩が偉そうにできるのも、このいかさまカルテットの中だけなんだから、情けないよ」
「強くなれなくったっていいんだ。楽しければいいんだ」
「マージャンは四人でやるんだ。歩調を合わせて。あんた一人だけが楽しんじゃいけないよ」
「いかさまカルテットでも、どんじりの俺はどうしたらいいんだ」
「だから、弱くても自分が楽しめればいいの」
「こやつは情けってもんを知らないからな。情けってもんを知ってるものはな、手加減するんだ。分からずにな。こやつはそれってもんがないんだ。だから情け知らずって言ってるんだ。人に情けを求めるくせして、人に情けを与えようとしない」
「情けをかけたり、手加減できるやつが、本当に強いやつなんだ」
「手加減できないってことは弱いってことだよ。余裕がねえんだ。そんなことしてたら、すぐに手前のほうがくたばっちまうからな」
「俺がマージャンやり始めたころは、先輩によく言われたもんだ。マージャンてのは、情け容赦のないものさ。親の死に目にあえない覚悟でいろってな。マージャンってものは四人そろわないとできないだろ。一人抜けるとみんなが迷惑するんだ」
「そんな馬鹿な。マージャンはやろうと思えばまたの機会もあろうが、手前の親は何度も死ぬわけなかろう」
「おまえとこの親は二度も三度も殺しているんじゃないのか」
「嘘をついて、二度も三度も親を殺し、親戚のおじさん、おばさん連中まで殺し回っていたから、そんなこと言われたんじゃないのか」
「ひごろから、やっぱり嘘というのは慎んだ方がいいね。いざというとき、信用してくれねーからな」
「弱くてもいいけど、ルールくらい早く覚えてくださいよ」
「そういうな。俺がマージャンってものを覚えたのは四十過ぎてからだったからな。また、そのときの先生っつうもんが、もひとつだったんだ。俺は知っていると言いながら、チョンボばっかりしててさ。間違ったことを教えやがるんだ。俺の頭は混乱する一方だった。未だにそのときの後遺症があって、混乱のしっぱなしさ」
「ところで、その先生っていうのは、もしかして俺のことじゃないのか」
「おい、いい勘してるじやないか。そんなすばらしい勘がありながら、どうしてこんなにマージャン弱いんだ」
「お前さんにそこまで言われたらおしまいだ。失敗は成功のもと。間違ったことも経験してみて、初めてなにが正しいかってこともわかるんだ。悔しい思い、つらい思い、悲しい思いを何度も経験してみて、なんとかものになるのさ」
「アンコアンコの、あんこーつばきーは、こーいのはーなー」
「あれ、都はるみじゃないか。最新のヒット曲も、結構いけるじゃないか」
「古いのも新しいのもなんでも来いっていうんだ」
「ところで、歌はうまいけど、なんでそんなにマージャン弱いんだ」
「そんなにしつこく聞くなって」
「会いたかったぜドラドラパイ」
「またまたドラをつかまえくさったのか。こやつがドラをつかまえたら、いつまでも放さないからな」
「ドラ三つ集めてもヤクにはならんからな」
「そうだった、そうだった。欲にくらんですぐ忘れてしまうんだ」
「なに笑ってるんだ」
「一人だけ楽しんでちゃーいけない」
「チートイツでもできたんだろう」
「なんで分かるんだ」
「顔を見れば分かるさ」
「チートイツだってことまで、どうして分かるんだ」
「いやにニコニコしているからさ」
「結構な洒落だね」
「洒落っていうもんじゃない。駄洒落っていうんだ。頭にダがつくものにろくにものはないからな。駄馬、駄菓子、駄々っ子、そういう洒落は駄目!」
「スーアンコだ!」
「ほんまかいな? どれどれ」
「間違いねーだろ」
「素人はこれだから怖い」
「それにドラが三つ」
「スーアンコは役満だから、ドラまで数えんでもいいんじゃないの」
「いや、確かドラを数える方法もあるんじゃないの」
「そんなことを言ってたら笑われますよ」
「それが言い過ぎだというんだ」
「せっかく持ってきた本があるんだから、それを見てみろよ」

「おい、飯田。今なん時だ」
「四時だよ」
「もう四時か。ハンチャンで一時間以上もかかっている勘定じゃないか」
「今日はまだ、速い方じゃないのか」
「おいおいみんな、腹が減ってきもせんしたんじゃかえ」
「なんという日本語だべ」
「飯にでもすっか?」
「そうすっか?」
「すっか」
「すっか」
  でみんなの意見が一致する。ボタンを押す。
「マスター、飯の出前頼めるかい」
  マスターは、昼寝でもしていたかのように、大きなあくびをしながら出てきた。
「寿司がいいなー」
「今日は旗日で、寿司屋は休みじゃ」
「商売っ気のない寿司屋だな。旗日は休みか」
「そこの角の中華料理屋はやってるけん・・・」
「中華料理か。食べながらじゃやりにくいの」
「寿司屋が休みじゃ仕方がない」
「俺はラーメンにギョウザ」
「俺は天津飯だけでいい」
「俺は焼き飯」
「俺も焼き飯」
「煙草ある?」
「買い置きがなくなったけん、そこの自動販売機で買ってきますけん・・・」
「俺はマイルドセブン」
「俺はラッキーセブン」
「ラッキーセブンっていう煙草、あったんかよ」
「さあ、俺は知らないな」
「すまん、すまん。セブンスターの間違いだ。ラッキーセブンていうのは俺のいきつけのパチンコ屋の名前だ」
「お前まだ、パチンコやってるのか」
「パチンコは、一日の疲れをいやす、ストレス、うっぷんの捨てどころっていうじゃないか」
「そんなにストレスがたまっているのか」
「ああ、そうだ。特に今日はね。あんたはいいよ。強いからな。強いっていったって、このメンバーの中ではということだけど。世間一般じゃ通用しないがね。勝って気分もいいだろ。今までのところで、もうトップか」
「まあ、予定のコースだね」
「パチンコは、一日の疲れをいやす、ストレス、うっぷんの捨てどころ、あなたの腕のみせどころ。一球一魂打ち込む気迫に答えて開きますチューリップ。千両箱一杯お出しになれば、あなたワクワク、お店ハラハラ・・・」
「ああ、もういい、もういい。頭が痛くなってくる」
「こいつはすぐに、限りなく調子に乗るんだ」
「なせばなる、なさねばならぬ、ホレ、チューレンパオトンだ!」
「チューレンパオトンだって?」
「チョンボだって分かっちゃいても、どっきりさせるぜ」
「そこがマージャンの醍醐味さ」
「ここに、おとこーの、ゆーめがあるー」
「あーらしーも、ふーけばー、あめーもふーる。オートコの、みーちよー、なぜーけわし」
「おいおい、加藤チャン。それはオンナの道じゃないのか」
「男やもめの道は、どうしてこんなにけわしいもんかと、俺の心境を歌ってるんだよ」
「嵐も吹けば雨も降る。吹いてほしいはトン場のトン。ナン場のナン!」
「あかくーさくのはー、けしのーはなー、青く咲くのはリューイーソー」
「今度は藤圭子か。どーさきゃーいいのさー、このーあたしー」
「ちょっと、ちょっと、みなさん方。うるさ過ぎやしませんか。勝負ごとは黙ってするもんでござんすよ」
「そういうお前が一番うるさいってことに気がついていないんだからな。どうしょうもねえ」
「勝負の世界は沈黙の世界なんだ」
「沈黙の世界は死の世界」
「おいおい。縁起でもないことを言うな」
「今日は敬老の日じゃないか」
「それがどうした」
「お年寄りを敬って、いつまでも元気で長生きしてねっていう日なんだぜ」
「ああ、今日は敬老の日か。俺とこにもじいさん、ばあさんがいてんだ。そろそろケイロウじゃないか」
「またまた駄洒落かい」
「おいおい、俺の番だぞ」
「あんたは遅いね」
「君が速すぎるんだ。人間には常に考えるって時間が必要なんだからな」
「のろい君に遅いと言われるようじゃ、世は末じゃー」
「チー!」
「ポン!」
「チーとかポンとかうるさいな。一向に順番が回ってこんじゃないか」
「泣いてたまるか泣くのはしゃくだ。泣きたいときにも笑わにゃならぬ。男というものつらいもの」
「ポンはチーに優先するんだよー」
「ほんまかいな」
「これはほんまじゃ」
「ほんまにほんまかどうか、本を見てみる」
「チーは自分の左側の人の捨てた牌しかできないの」
「右でも左でもいいじゃないか」
「そういうきまりなの」
「あれー、おかしいな? 一枚足りない」
「配牌のとき最後の一枚を取るのを忘れるどあほがよくいるからな」
「どあほて、だれのことだ」
「一枚足らない、足らないと騒いでいるやつだ。てめえの頭が足らないからそういうことになるんだ」
「一枚多いよ」
「チー、ポンしたとき、一枚捨てたんかよ」
「いまになって聞かれても分からないよ」
「場の風はなんだ?」
「なんだ」
「場の風はなんだと聞いてるんだ」
「だからナンだと言ってるじゃろが。ナン場だ」
「いやに真剣になってきたじゃないか」
「ところで、俺の風はなんだ?」
「自分の風を人に尋ねてどうするんだ」
「日本じゃ風は東西南北に吹くんだが、中国じゃ、東南西北と吹くらしいぜ」
「そりゃーマージャンの上だけのことじゃろ」
「目が回る。地球が回る」
「ビールの飲み過ぎじゃないのか」
「中国の風はややこしい」
「リーチ!」
「リーチ?」
「泣いてるじゃないか」
「泣いてやしないよ。いきなりなんだ。変なことを言うな」
「泣いてるってなんだい」
「さらしているってんだよ」
「さらしているって、なんだい」
「君の場合はリーチはできないと言ってるんだ。チー、ポンをすればリーチがかけられなくなるんだ」
「だれがそんなこと決めたんだ」
「だれが決めたかまでは学者じゃないから知らないよ」
「知らないことまで言うな」
「きまりなの」
「だから、だれがそのきまりを決めたんだと聞いてるんだ」
「神様が決めたんだ」
「納得。俺は神様の言うことは信じるからね。早くそういう風に言えばいいんだ」
「俺は疲れてきたよ」
「カンチャン待ちもいいけれど、家じゃカーチャン待っている」
「ほんまにカーチャン待っててくれてるんかよ。家でゴロゴロされていたんじゃ邪魔だから追い出されてきたんじゃないのか」

「相手の捨て牌を見て、筋を読む。相手の待ちを見抜く」
「相手の心を探るなんて、根性悪のするこった」
「勝負ごとをするやつは、みな根性が悪いの」
「かけひきなんて嫌だね。人の捨て牌なんて気にもしていないし、気にもならない」
「相手の捨て牌を見てから、自分の牌を捨てるんだ」
「見てはいるけど、なにか意味でもあるんかな」
「筋をつかむんだ。後半になって、牌が残り少なくなってくると、みんなテンパイしてアガリを待っているから気をつけろと言ってるんだ」
「こんなもの運だ」
「運の要素が大きいが、人生においてチャンスが巡ってくる確率は、だれにとってもみな同じだ。自分に巡ってきたチャンスをいかにとらえて生かすか。そこで技量の差が出る。」
「マージャンは人生の縮図だ」
「マージャンは人生の墓場だ」
「今日は敬老の日だと言ってるだろ。縁起でもないことを言うなって」
「俺は厭世主義者なんだ。カーチャンに死なれてからはな」
「そんなにカーチャン愛していたのか」
「カーチャンが俺を愛してくれていたんだ」
「ああ、そうかい、そうかい」
「俺は相手の捨てた牌なんて興味ない。俺は俺の道を行くんだ」
「おいおい、リーチをかけたら手牌を変えることができないんだぜ」
「ロン、ツモあがりもいいけれど、ツモりにツモった我が家のローン」
「あーぁ、それなのにそれなのに、こんなところで気楽にマージャンやってていいのかな」
「ロン!」
「ハンチャン六回目終了!」
「さあ、計算、計算」
「なんでこんなややこしい計算するんだ」
「だれがこんな計算方法考えたんだ」
「簡単な方法がいくらでもあると思うんだがなあ」
「ロンあがりで、子のときが・・・」
「計算終わったぞ!」
「ひとついい句が浮かんだよ」
「今日は俳句鑑賞会じゃないんだぜ」
「まあ、そう言わずに聞いてくれ」
「敬老の」
「ああ、今日は敬老の日だ。また、駄洒落じゃないだろうな」
「少し黙っててくれ。浮かんだイメージがこわれるじゃないか」
「分かった分かった」
「敬老の」
「敬老は分かったよ。次はなんだ」
「少し黙っててくれと言ってるだろ。俳句というものはゆったりとした心でよむものなんだ」
「すまん、すまん。俺は俳句ってものをよく知らないもんでな」
「敬老の・・・敬老の日の」
「敬老の日の」
「敬老の日のマージャンの」
「おっ、マージャンか」
「敬老の日のマージャンの」
「ほいほい」
「空しさよ」
「敬老の日のマージャンの空しさよ? なんだそりゃ」
「おお、うまくできた。俺は天才だね」
「どこが天才なんだ」
「君には俳句の良さってもんが分かっちゃいない」
「敬老の日のマージャンの空しさよ? どういう意味だ。何がどう空しいんだい」
「解説しないと分からないっていうんじゃ感性がないね。まあ、分からないやつのために解説をするとだな。敬老の日に年老いた親を家に残して、一日中、友達とマージャンをしていた。年老いた親に対して申し訳ないという気持ちがして、楽しく遊べなかったという心境を歌ったもんだな。ありのままの自分の気持ちが素直に表現されているだろ。なんとも言えない、ほろにがさ、男の哀愁が漂ってくるだろう」
「なるほどね」
「なるほどって感心してるけど、本当に分かっているんかい」
「なんとなく、少しは分かってきた。俺も俳句ってものをやってみようかな」
「マージャンなんかより、知的で優雅で金もかからないからな」
「おいおい、そんなこと言うなよ。俺は一体どうすりゃいいのさ」
「お前も俳句をやればいいじゃないか。仲間に入れてやるよ」
「いかさまカルテットは解散するのか。寂しいことを言うなよ」
「マージャンをやめようと言ってるんじゃない。マージャンばっかりでは、このいかさまカルテットは進歩発展しないからな。もっと新しい未知のものに挑戦していこうということだよ。いかさまカルテットは永遠に不滅さ」
「それを聞いて安心したよ。俺も俳句をやる」
「何事にも挑戦しようとする意気込み、それが年をとらない秘訣さ。何事もやってみるとおもしろいもんさ」
「次のいかさまカルテットは十一月三日文化の日、午後一時、いつもの喫茶店に全員集合だ。いいな」
「おーっ!」

「おやじさん、じゃなかった、マスター! マスター! お勘定してくれ!」

「おい、佐伯。なんだ、その袋。あのおやじさんがくれた大きな袋。来年のカレンダーか。カレンダーならちょっと早すぎるしな。第一、そんな気の利いたサービスができるくらいならあの部屋をもう少しきれいにするだろうしよ」
「それもそうだな」
「プレゼントだと言ってくれたんだ」
「ちょっとなんだ」
「早く開けて見せてくれよ」
「やけに丁寧に糊までつけて封がしてあるんだ」
「えーとだな。いかさまあんぽんたん・・・」
「え? あんぽんたん?」
「いかさまあんぽんたんに捧げる詞だとよ」



            チー・ポン・カン
                               作詞 小汚い床屋のおやじ

イー・リャン・サン・スー・ウー・ロー・チー・パー・チュー!
吹けば飛ぶよな、マージャン・パイに、かけた命を笑わば笑え

トン・ナン・シャー・ペー・ハク・ハツ・チュン
イー・チュー・イー・チュー・イーチュー・ロン!

シーサンヤオチュー
なせばなる
なさねばならぬ、チューレンパオトン
ここに男の夢がある

メンホンパイ・サンゲンパイ・メンゼンチン
リーチ・ピンホー・タンヤオチュー

嵐も吹けば雨も降る
吹いてほしいはトン場のトン
ナン場のナン

イーペーコー
イーチートンカン・トイトイホー

サンカンツ
ホンチャンタイヤオ・ショーサンゲン

サンシャンテン
リャンシャンテン
やってきましたイーシャンテン

ホンロートー
ジュンチャンタイヤオ・ホンイーソー

サンアンコ
スーアンコ
アンコ・アンコの
アンコ椿は恋の花

ダイサンゲン
ツーイーソー
チンロートー
運にまかせて テンホー・チーホー・レンホー

会いたかったぜドラドラパイ
俺の目を見ろなんにもいうな
聞いてくれるなチートイツ
ニコ
ニコ
ニコニコニコ

赤く咲くのはケシの花
青く咲くのはリューイーソー
どう咲きゃいいのさ このおいら
赤・黒・白のブルースよ

チー・ポン!
泣いてたまるか 泣くのはしゃくだ
泣きたいときにも笑わにゃならぬ
男というものつらいもの
あーぁ、チー・チー・ポン・ポン・チー・ポン・ポン!

生まれたときが悪いのか
それともおいらが悪いのか
負けて涙を流すなよ
男涙を笑顔で隠し
街の灯りに背を向けて
ひとりふかした煙草のにがさ
泣くなむせぶな夜汽車の笛よ
泣けば散る散る涙の粒が
あーぁ、チー・チー・ポン・ポン・チー・ポン・カン!

タンチャン・ペンチャン・シャンポンメン
チャンポンメンにチャーシューメン

カンチャン待ちもいいけれど
家じゃカーチャン待っている
帰ろかな 帰るのよそおかな

せめて今夜は人間らしく
赤いグラスに口づけて
酒を呑もーと 生きよと死のと
あんたなんかの知らぬこと
聞いてくれるなこの胸を

ロン!
ツモ! あがりもいいけれど
ツモりにツモった我が家のローン!
あーぁ、それなのにそれなのに
生まれた子供は十二人
いらねー子供は殺して捨てよ
どーせおいらの行く先は
その名も網走番外地

花も嵐も踏み越えて
力の限り生きたから
未練なんかはないけれど
負けて死ぬのは死ぬよりつらい

泣いてくれるなかわいい子供
泣くなよしよしねんねしな
涙隠して微笑みおうて
歌うは赤城の子守歌
あーぁ、こんなヤクザにだれがした
あ、チー・チー・ポン・ポン・チー・ポン・カン!


「おいらのくだらない話がおやじに筒抜けだったみたいだぜ」
「だけどおやじもよくやるじゃないか」
「よくやるのはいいけれど、心配だなー」
「なにが心配なんだ」
「あのおやじんとこの散髪屋、あれでやっていけてんのかよ。こんなことしてるようじゃ、よっぽど暇だぜ」
「一日に二、三人もありゃー、食っていけるんじゃないの」
「そうかなー」
「そんなことよりも、俺も詞をやろっと」
「おいおい、みんなで俳句をやろって言ってたところじゃないか」
「俳句でも詞でもいいけれど、俺は大発見をしたのだ」
「大発見ってなんだ」
「いかさまカルテットにいる限り、俺の能力は開発されないってことをな」
「いかさまカルテットは解散するのか」
「そんな寂しいことを言うなよ。俺は一体どうしたらいいんだよ。カーチャンには死なれるし、一人ぼっちになるじゃーないか」
「君も詞をやればいい」
「俳句はやめだ。詞にしよう」
「これが本当のいかさまシ」
  なーんちゃって。
  落ちがやっとついたので、これでこの話はおしまいにする。