おじいちゃんの柱時計

おじいちゃんの柱時計

 窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてきます。
「ボーン、ボーン、ボーン・・・」
 柱時計が朝の六時を告げました。おじいちゃんは床から起きると柱時計のゼンマイを巻き始めました。
「ジーコ、ジーコ、ジーコ」
 ゼンマイを巻く音が部屋中に響いています。
 柱時計はひろしくんが生れる前からあります。今ではすすけて、こげ茶色をしています。あちらこちらに傷もついています。それでもおじいちゃんにとってはかけがいのない宝物です。柱時計には、おじいちゃんの若かったころの楽しい思い出や苦しい思い出がたくさん刻まれているのです。
「コッチ、コッチ、コッチ、コッチ・・・」
 振子の動きはゆったりとしています。けれども、おじいちゃんの柱時計は怠けるということがありません。何も文句を言わずに働いています。
 元気なおじいちゃんも、幾度か病気で寝込んだことがあります。そんなときでもおじいちゃんは、柱時計が朝の六時を告げると、床から起きて、よぼよぼした足取りでゼンマイを巻きに行くのです。ひろしくんのお母さんは、おじいちゃんの体の方が心配で、そんなおじいちゃんをよくしかりました。
 おじいちゃんの話によると、柱時計を止まったままにしておくと、鬼や悪い獣が家の中に忍び込んできて、家族を不幸にするんだそうです。だから、どんなときでもおじいちゃんは柱時計のゼンマイを巻くことを怠ったことはありません。
 そんな几帳面なおじいちゃんでしたが、ある冬の夜、急になくなりました。おじいちゃんがなくなってからは、ひろしくんがおじいちゃんに代わって柱時計のゼンマイを巻いています。
 ある日ひろしくんが夜中に目を覚ますと、お部屋の中がとても静かでした。
「どうしてこんなに静かなんだろう」
 ひろしくんはしばらく首をかしげていました。そのうちひろしくんは柱時計が止まっているのに気がつきました。止まっているのはゼンマイを巻くのを忘れたからではありません。朝になってからお母さんに見てもらいましたが動きません。おかあさんは柱時計を粗大ゴミの日に捨てました。
 柱時計は配線がむきだしになったテレビと、足の折れた机の間にはさまって捨てられていました。ひろしくんは柱時計をじっとながめていました。そのうち柱時計がおじいちゃんのように見えてきて、ひろしくんは急に寂しくなりました。おじいちゃんがいなくなってからも、柱時計がコッチ、コッチと時を刻んでいる限り、ひろしくんの心の中ではおじいちゃんは生きていました。けれどこうして柱時計が捨てられて、おじいちゃんは本当に遠い遠い世界の人になってしまったのです。ひろしくんはお母さんに気づかれないようにそっと涙をふきました。
 お母さんが新しい時計を買ってきました。象牙色をしていて、赤い縁取りがしてあります。とても軽くて静かで電子クロックとか言うそうです。お母さんは柱時計がかかっていたところに、新しい時計をかけました。
 おじいちゃんがなくなってから一月が経ちました。ひろしくんの心の中からは、おじいちゃんの思い出も消えていました。そんなある夜、ひろしくんは深い眠りから目を覚ましました。部屋の中には、もうおじいちゃんの柱時計はありませんでしたので、とても静かでした。柱にはおじいちゃんの柱時計に代わって、音のしない電子クロックが冷たい光を放っています。ひろしくんは電子クロックをじっと眺めていました。耳をすますと何やらかすかに音が聞こえてきました。
「コッチ、コッチ、コッチ、コッチ・・・」
 それはあのおじいちゃんの柱時計の音です。さらに耳をすますと、男の人の声も聞こえてきます。それはおじいちゃんの声です。確かにひろしくんのおじいちゃんの声です。おじいちゃんは子守唄を歌っています。ひろしくんがまだよちよち歩きのときに何度も聞いた歌です。ひろしくんは甘えん坊で寂しがり屋です。本当は優しかったおじいちゃんのことがいつまでも忘れられないでいたのです。
「でも、おじいちゃん。ぼくはこんなに大きくなったよ。子守唄なんて聞かなくったって、一人で眠れるよ。朝だって六時になるとちゃんと一人で起きることができるんだ。おじいちゃんは十分働いたんだから、もうぼくのことなど気にせず、ゆっくりとお休みなさい!」
 ひろしくんは電子クロックのかかっている柱に向かって、こう話しかけました。すると、コッチ、コッチという音も、おじいちゃんの子守唄も消えて、部屋の中がもとのように静かになりました。ひろしくんは安心すると、すやすやと眠りに落ちていきました。
 夜がふけ、電子クロックが静かに時を刻んでいます。暗いお部屋の中では、時々ひろしくんの寝言が響いています。
「おじいちゃん、ありがとう・・・。ムニャムニャ・・・」
「さよなら、おじいちゃん。ムニャムニャ・・・」
「おじいちゃん、天国で楽しく暮らしてください。ムニャムニャ・・・」
「おじいちゃん、本当にもうぼくのことはかまわなくっていいんだよ。おじいちゃん、安心してぐっすりお休みなさい。ムニャムニャ・・・」