丘の上動物園

丘の上動物園

 勇くんのお家は小さな丘の上にあります。木造二階建ての古びた建物で、時々雨漏りがします。でも最近修理が終わって快適です。あたりは緑に包まれていて、空気は新鮮です。二階の窓から眺めると、畑や田んぼ、はるかかなたの山や海まで見渡すことができます。
 お家の周りには一面に芝生が植えられていて、勇くんは天気の良い日はそこで絵本を見たり、寝転がったりして遊んでいます。お家の敷地の周囲には堀が巡らせてあります。堀の外側は高いコンクリートの壁で、その上が道路になっています。堀の巾は広く深いので、自由に外に出ることができません。それが勇くんにとっては少し不満です。
 勇くんのお家は少し変です。建物の一階部分の壁が、すべて透明のガラス張りになっていて、外から家の中が丸見えなんです。奥のほうにあるキッチンまでみとおすことができます。そんな変わったお家ですので、近くの山から猿が見物にやってきます。高い道路の上から、めずらしそうにながめては通り過ぎます。ほとんどは子供連れです。子供に少しでもよく見えるようにと、子供を肩車にして見ていく猿もいます。立ち止まって、お家の方を指さしながら、子供に何かささやきながら通り過ぎる猿もいます。
 ある天気のいい日曜日のことです。勇くんが芝生で日向ぼっこをしていた時、子連れの猿が驚くほど沢山やってきました。猿のいる道路の柵には、大きな立札が取り付けてあって、そのすぐ前で猿たちは整列しました。すると旗を持った一匹の猿が、その立札の前に進み出て、立札を時々旗で指し示しながら、何やら説明しているようでした。猿たちは話を聞きながら時々うなずいたり、ある猿は、振り返って、勇くんのお家の方を見直したりしていました。話が終わると猿たちは一斉に勇くんのいるお家に向き直って、何やら叫びだしました。もともと赤いお尻や顔を、さらに真っ赤にして、猿たちは叫び続けるのです。何か抗議をしているようですが、勇くんにはキーキーという声にしか聞こえません。猿たちは非常に興奮してきて、足元にある石を拾って、勇くんのお家に向かって投げつける猿さえ出てきました。勇くんは、猿たちが集団になって、今にも攻めてくるのではないかという恐怖に襲われました。でも、お家は深い堀と高い壁に囲まれていましたので、どんなに敏捷な猿と言えども決してお家まで入ってくることはできませんでした。
 こんなことはたびたび起こりました。勇くんはあの立札のせいだと思いました。立札には何が書かれているのだろう。立札は勇くんのお家からは、その裏側しか見ることができません。
 勇くんはまだ幼いこともあって、お堀の外に出たことがありません。お父さんなら、あの立札に何が書かれているか知っているはずです。勇くんは早速お父さんに聞いてみました。
「勇は何も知らなくていいんだ!」
 お父さんはすごい剣幕で、勇くんを怒鳴りつけました。勇くんは聞いてはいけないことを聞いてしまったのです。それでもお父さんはすぐに優しい顔に変わって、次のような話をしてくれました。
「お父さんはここで生まれて、お母さんといっしょになって、そしてお前が生まれたんだ。お父さんのお父さん、つまり勇のおじいさんに当たる人は、生まれたところは別のところだけれど、勇が生まれる前に、ここで死んだんだよ。勇も、お父さんもお母さんも、いずれはおじいさんと同じようにここで死ぬことになるだろうね」
 お父さんの顔が優しい顔から悲しい顔に変わりました。
「お父さん、お母さんだって、このお家の敷地から一歩も出たことがない。外へ出る必要もなかったし、出ようとしても出れなかったんだ。それでも、あの立札に何が書かれているかはおじいさんから聞いて知っている。けれど勇は知らなくていいんだ。もうそんなことは忘れろ」
 お父さんは悲しそうな声で話を続けました。
「おじいさんから聞いた話によると、おじいさんの、そのまたおじいさんの時代にはね、学校というものがあって、今の勇のような年になるとみんなそこへ通ったそうだ。女の子も男の子も、みんな毎日決まった時間に起きて、先生と言われる人から、お勉強といって、色々なことを教わったんだ」
「ぼくは行かなくっていいの? 女の子も男の子も、みんな通ったんだね。ぼくもその学校っていうところへ行ってみたい! そしてみんなと一緒に遊んだり、お勉強もしたい!」
「勇はもう行かなくっていいのよ」
 お母さんは、優しく、悲しそうな顔をして答えました。
「外に出るとどんな災難が降りかかってくるかもしれない。退屈かもしれないが、ここにいれば安全だ。危険をおかしてまで外に出て行くことはない。もう学校へ通う必要がなくなったことだし・・・」
「どうして?」
「勇やお父さん、それにお母さんだって、みな生き物だろう。生き物にとって一番大切なものは食べ物だ。食べ物がないと死んでしまうからね。学校はその食べ物を得るための知識や技術を学ぶところだ。だけどここにいれば食べ物の心配はしなくていい。勇も知ってるように、朝の8時、お昼の12時、そして夕方の6時になると決まってお食事を届けてくれる人がいるだろ。お父さんだって働きに出たいけれど、働く必要がなくなったんだ。おじいさんの、そのまたおじいさんはね、今のお父さんの年には食品工場で働いていたそうだけれど・・・」
「食品工場って?」
「みんなが生きるために必要な食べ物を山や海や川からとってきて、綺麗に洗って、煮たり焼いたり干したりして、食べ易いように加工したり、よりおいしく食べられるように料理をしたりするところなんだ。そこで一生懸命に働いて、お給料というものをもらって、そのお給料で食べ物ばかりでなく、ほかに生きるために必要なものを買うんだ。食べ物のほかに必要なものといえば、着る物と住いがあるね。住いとはこのお家のことだ。この間まで雨漏りがして困っていたけど、いつの日か誰かが修理をしてくれた。着る物は季節の変わり目になると、これも誰かが勝手口から届けてくれる。お食事だって、ちゃんと料理を済ませた食べ物が届けられる。ただ、毎週日曜日のお昼だけは、なぜか料理がされていない。その理由はお父さんにも分からないが。土のついたままのお野菜や、まだぴんぴんはねているお魚、それと袋に入ったお米、お醤油、お塩、お砂糖といった調味料、包丁などの道具が届けられる。お米をといだり、包丁でさつまいもの皮をむいたり、大根を細かく切り刻んだり、油であげたり、蒸したり、焼いたり、煮たりしなければいけないけれど、これはお母さんがキッチンで手際よくしてくれる。お勉強しなければならないことといえば、この料理の方法だけだ。料理の方法はお母さんから教わればいいことだ。だからもう勇は学校へ行く必要もない。お父さんだって会社で働く必要はなくなったんだ。ほかに生きるために必要な物があったら、こちらから言わなくても、いつの日か、お家の勝手口が開いて届けてくれる。勝手口はすぐに締まってしまうから、どういう人が届けてくれるのか、その姿を見たことはないが・・・」
「ぼくは一度だけ見たことがあるよ。顔までは見えなかったけれど、毛むくじゃらの手をしていたよ」

 このお話はこれでおしまいです。立札には一体どんなことが書かれていたのか気になりますね。気になる方のためにこっそりお教えいたします。

                         

人類は我々の敵だ!
人類は我々に謝罪せよ!

                                     丘の上動物園

[分類]
 人類 学名Homo sapiens(脊椎動物門哺乳綱霊長目ヒト科)
[解説]
・直立二足歩行が特徴です。
・その肌の色によって、白色人種、黒色人種、黄色人種に三大別されます。
 ここに展示されているのは、黄色人種に属する日本人といわれるものです。全長オス170cm、メス155cm。
・人類は世界各地に生息しています。極寒の北極や南極、熱帯の赤道直下、湿地帯や砂漠のような乾燥地、海に浮かぶ小さな島々、山の頂上からふもとまで、最近では、地上を離れた空中で生活するものまで出てきています。地上のありとあらゆるところに生息していますので、みなさんも一度は見かけたことがあるでしょう。
・人類は雑食です。何でも与えれば貪欲に食べます。特に肉を好んで食べます。一見優しく、弱々しく見えますがとても危険な動物です。
・世界の動物園で,本園が初めて繁殖に成功しました。
・この動物舎では、人類という動物の生態を、安全かつゆっくりと観察していただくために色々工夫をこらしています。動物舎を透明の強化ガラスで囲っているのもその一つです。
・なお、私たちの毎日の生活を脅かし、健康を蝕んでいる大気汚染、水質汚濁その他環境破壊といわれているもののすべてはこの人類が原因であることが判明しています。
[定例の催しもの]
 毎週日曜日のお昼12時から1時間、食事風景を公開しています。是非ご覧くださいね。
[シンポジウム開催のご案内]
 8月20日、午後1時より丘の下サンプラザにおいて、「人類の現状と将来・・・我々の対策」と題するシンポジウムが開催されます。当園園長が講演します。入場無料です。
[営業時間]  9:30〜17:00(入園は16:00まで)
[休業日]   毎週月曜日(祝日の場合は翌日)
[入園料]   無料