良太とくもの巣

 明日から楽しい夏休みです。良太は「バンザーイ! バンザーイ!」と何度も叫びながら、お家に帰りました。でも、お家に着いてからは良太の心が晴れません。それというのも、長い間、良太は自分のお部屋のお掃除をしていなかったからです。今日こそ、お母さんからおこごとをいただく前にしておかないと、明日から大手を振って遊びに出られません。
 良太は決心し、机の上を片付けることから始めました。国語や社会、算数や理科の教科書が並んでいます。これらはいつも使っているので、順序良く並べるだけですみました。面倒なのは机の下でした。そこには、昔読んだマンガの本がたくさんあります。長い間そのままにしておいたので、ほこりが表紙をさわると指のあとが残るほどに積もっていました。本と本のすきまを利用して、くもが巣を作っていました。巣は破れ、糸がほこりにまみれて、黒く垂れ下がっています。とても汚くて手に触れるのも嫌でした。良太はほこりと一緒にくもの巣を掃除機で吸い取りました。マンガの本は買った時のようにピカピカになりました。良太は心の中まで綺麗になった気がしました。
 良太は疲れてきたので、一休みすることにしました。畳の上にごろっと横になり、綺麗になったマンガの本を、新しい気持ちになって読み始めました。何度も読んだ本だけれど、おもしろくてたまりません。お掃除はまだまだうんと残っているのに、そんなことはあっさりと忘れてしまいました。読み耽っていると、良太の目が疲れてきました。窓からは涼しい風が吹いてきて、いい気持ちです。良太は、いつのまにか、うとうとと寝入ってしまいました。

「おーい! おーい!」
 どこからか、かすかにだれかの呼ぶ声が聞こえてきます。低くて太い声でしたので、お母さんの声でないことは確かでした。部屋の中や、窓の外を見渡しましたが、だれの姿も見えません。しばらく耳をすましていると、
「おーい! おーい!」
 またまた、どこからか声が聞こえてきます。良太はきょろきょろとしています。
「おーい! おーい!」
 どうやらその声は、掃除機の中から聞こえてくるようです。良太は掃除機の長いホースを外して、吸い取り口から中をのぞきました。中は真っ暗で、何も見えません。それでも中から「おーい! おーい!」と叫ぶ声が聞こえてくるのです。よく見ると、小さなくもでした。くもの体の半分はほこりの中に埋もれていました。小さな体に、目だけは大きく見開いて、良太をみつめて叫んでいるではありませんか。
「おい! こんなところで何をしてるんだ?」
 良太は不思議そうにたずねました。
「何をしてるってことはないだろ。こんなところにぼくを閉じ込めたのは君なんだ。お願いだから、早くここから出しておくれよ!」
「君があの汚い巣の持主だったのか」
 良太はようやく合点がいきました。
「そうだよ。よくも一生懸命に作ったぼくの巣を、無茶苦茶にしてくれたな。ぼくがどんな悪いことをしたと言うんだ」
「君が作った巣は、真っ黒だったぞ。だれが見てもほこりにしか見えない。あれが君の巣だったとはね」
「君が毎日掃除をしないから、ああしてほこりにまみれて、汚くなったんだ。君はぼくのできたてのほやほやの巣を見たことがないだろう。くもの糸はね、どんな宝石にも負けない美しい輝きをしているのさ。ここから出してくれれば、その証拠を見せてあげるよ。それにもう、君の部屋には巣を作らない。君の部屋ではどんなに綺麗に作っても、すぐにほこりまみれになって、捨てられるだけだからね」
 良太はくもの言うことを信じて、掃除機の中から出してやりました。くもは喜び勇んで、戸外に向け駆けて行きました。

  「あらまあ! これは何? もうとっくにすんでいるとばかり思って来たけど・・・」
 良太の部屋の扉が、大きな音を立てて開き、お母さんが入って来ました。ベットの上や下、床も一面散らかったままで、ゴミの山の中で、良太がすやすやと眠っていたのです。
「駄目な子ね。もうお母さんがするから、あなたはしばらく外に出てらっしゃい!」
 良太は外に追い出されてしまいました。

 空はお日様も沈んで真っ暗です。お月様がぽっかり浮かんで見えました。良太の目の前で高くそびえるポプラの木の葉の間から、月の光に照らされて白く輝くものがありました。それはお母さんの首にかかっている真珠のように輝いていました。