欲張りなキツネ

欲張りなキツネ

 ある村のたんぼに、モグラの親子が住んでいました。
 雪がちらちら降る寒い夜に、モグラの子供が穴から首を出しました。しばらく周囲を見渡していましたが、穴の近くに落し物があるのに気がつきました。モグラの子供はそれを拾って、お母さんのいる温かい穴の奥に戻りました。
 落し物というのは財布でした。中にはたくさん入っているようで、大きくふくらんでいました。
「落し主はきっと困っていることでしょう」
 お母さんのモグラはそう言って、早速、クマのおまわりさんがいる交番まで届けることにしました。

 モグラの親子が交番から出ようとしたとき、落し主のキツネが現われました。
「君の落した財布とはこれかね」
 クマのおまわりさんは、キツネにたずねました。
「そうです、そうです。これに間違いはありません!」
 キツネは大いに喜んで答えました。
「ところで、この村の決まりでは、落し主は拾い主にいくらかのお礼をしなければいけないことになっているんだがね」
 けちで欲張りなキツネは、お礼をするのをいやがりました。

 キツネは財布の中味を確かめながら、わざと何度も首を傾げてみせました。
「どうしました」
 クマのおまわりさんは、気になってキツネにたずねました。
「この財布は、確かに私のものですが、一円玉が十個入っていたはずなのに九個しかありません」
 と言って、拾い主である子供のモグラをじろっとみつめました。
 モグラのお母さんはあわてて言いました。
「うちの子はそんな子じゃありません!」
 モグラのお母さんは貧しい生活をしていましたが、自分の子供の教育には自信がありました。けれど、たった一円のことでしたので、自分の財布から一円玉を一つ出して、キツネに渡しました。キツネはしめしめと思いました。
 キツネは首を傾げたまま、また言いました。
「五円玉は確か三個あったはずだが・・・」
 今度は、五円玉が二個足りないと言うのです。モグラのお母さんは、自分の子供を信じていました。けれど、たった十円のことで、子供の名誉に傷がついてはいけないと、自分の財布から五円玉を二個出し、キツネに渡しました。キツネは、またしめしめと思いました。
 キツネはますます欲が出てきて、
「十円玉が二個足りない」
「百円玉が三個足りない」
 と言いました。モグラのお母さんは、「たった二十円のことだから」「たった三百円のことだから」と、キツネの言うままに、自分の財布からお金を出しては、キツネに渡しました。
 最後にキツネは、
「千円のお札が一枚足らない」
 と騒ぎましたが、もうキツネの言う通りに支払うことはできませんでした。いつのまにか、モグラのお母さんの財布の中は空っぽになっていたのです。
「かんべんしてください」
 モグラのお母さんは、涙を浮かべてキツネにお願いしました。それでもキツネは容赦しませんでした。
「一週間の猶予を与えてやる。もし一週間後の今日までに、支払うことが出来なかったら、お前の息子は大泥棒だ、とこの村中に言いふらしてやるわ!」
 と言って帰りました。

 貧しいモグラの家庭では、千円といえば大金です。支払わないと息子は大泥棒といううわさが広まってしまいます。困り果てて、モグラのお母さんはこの村で裁判官をしているフクロウに裁判をしてもらうことにしました。

「裁判で一番大切なことは、事実を確かめるということですので・・・」
 フクロウは裁判官らしく、落ち着いた口調で、次々とモグラの子供とお母さんに質問しました。
「財布は穴のそばに落ていた。それは穴のすぐそばだったのですか。それともかなり離れていたのですか」
「すぐそばでした。手をのばせば届く距離でした」
「それを拾って、すぐ、そのままの状態で、お母さんに渡したんですね」
「そうです」
「お母さんにおたずねしますが、財布を受け取ってから中を開けて見ましたか」
「財布は私のものではありません。他人のものですから、中を開けてまで見ることはしませんでした」
「財布にはほころびはありませんでしたか」
「少しくたびれていましたが、ほころびはありませんでした」
 モグラの子供とお母さんは、ありのままを正直に答えました。
 モグラのお母さんと子供に対する質問が一通り終わると、裁判官のフクロウはキツネを呼び出しました。

 裁判官であるフクロウの、キツネに対する質問は詳細なものでした。
「財布の中には一円玉が十個入っていたんですね」
「はい。確かに十個入っていました」
「だのに、九個しかなかった」
「そうです」
「五円玉は二個不足していたのですね」
「はい」
「十円玉は何個ありましたか?」
「三個入っていました」
「それは確かですね」
「確かです」
「百円玉は、三個足りなかった。ということは、全部で五個あったということですか」
「そうそう、確かに五個あったはずです」
「はずというあいまいな返事では困ります。はっきりと答えてください」
「全部で五個ありました!」
「それは確かなことですか」
「確かです!」
「それでは今までのお話をまとめてみますから、間違いがあったらおっしゃってください。これは事実を確認するためにとても大切なことですから・・・・。これからの私の質問には、はいといいえだけで答えてください。あいまいな返事はだめです。いいですか。それでは質問します。まず、一円玉は全部で十個入っていた。ところが九個しかなかった。一個不足していたということですね」
「はい」
「五円玉は三個入っていたのに一個しかなかった。二個不足ということですね」
「はい」
「十円玉は二個、百円玉は三個、不足していたということですね」
「はい」
「ここまでの不足していたお金は、全部モグラのお母さんから弁償していただいたんですね」
「はい」
「まだ弁償してもらっていないお金は、千円のお札一枚分だけですね」
 キツネはここでとびっきり大きな声で、
「はい!」
 と答えました。
「それでは、これであなたへの質問は終わります。あなたの方から、何か私に質問はありませんか」
 キツネは、いいえと言いかけて、少し考えてから、
「はい」
 と答えました。
「それではあなたからの質問をお受けしましょう。ご質問は何でしょう?」
「そのお金が入っている財布のことですが・・・」
「財布がどうかしたのですか」
「この財布は確かに私の財布ですが・・・。私の財布に間違いはないのですが・・・。はっきり申しあげます。こんなに汚くはなかったのです! 金色に輝く鎖も付いていました!」
 欲の深いキツネは、なんと財布まで新しいのに弁償させようと考えていたのです。
「あなたの財布はこんなに汚くなかった? 金色の鎖も付いていた?」
「そうです。そうなんです!」
 それを聞いて、裁判官のフクロウは頭を抱え込んでしまいました。キツネがそばで薄笑いを浮かべています。モグラのお母さんは不安な顔をして座っています。

 やがて、フクロウの裁判官が夢から覚めたようにすっくと立ち上がると、キツネに向かって静かに話し出しました。
「もう一度事実を確認させてください。事実を確認することは裁判においては大変大切なことですからね。まず、あなたが落したという財布の中味のことですが、中には一円玉が十個、五円玉が三個、十円玉が三個、百円玉が五個入っていた。ところが事実は、一円玉は九個、五円玉は一個、十円玉は一個、百円玉は二個だった。これに間違いはありませんね」
「間違いはありません」
「それと、あなたの落した財布は汚くはなかった。金色に輝く鎖も付いていた。これにも間違いはありませんね」
「間違いはありません」
「確かに間違いはないのですね」
「間違いはありません!」
「よろしい。これではっきりしました。今回落し物として届けられた財布と、あなたが落したという財布とを詳細に比べてみると、その外観においいても、その中味においても、全く一致するところがありません。ですから今回届けられた財布はもともとあなたのものではなかったということになりますね。別のだれかが落したものでしょう。本当の落し主が現われるまで、その財布はこの私が預かっておきましょう」
 フクロウは容赦なくキツネから財布を取り上げました。
 キツネは、
「あの、その・・・・」
 と言って、ただうろたえるばかりでした。

 欲張りなキツネは、すべてを白状し、財布を取り戻そうと考えました。でも、今更、正直に話してみたところで、キツネの言うことはもうだれも信じないことでしょう。
 半年が経っても、もちろん新しい落し主というものは現われませんでした。それで、この村の決まりで、財布はその中味ごと、モグラの親子のものになったということです。